Jan
20th
Tue
20th
社会は、人が社会において生きることを望むのであれば、
絶望せずに死ねるようにしなければならない。
その方法は一つしかない。
個々の人間の人生を無意味化することである。
■なんと、
人生に意味を与えると人は絶望して死ぬ。
というわけです。
誰しも人生に意味を与えたいですね。
俺がこの世に存在した意味は
・・・・だぞ~、とこの世をおさらばするとき
いいたいじゃないですか。
■しかしドラッカーは言います。
一人ひとりの人間が、人類と言う樹木の一枚の葉、
あるいは社会と言う肉体の一つの細胞に過ぎないとするならば
、死は死でなくなる。
集合的な再生の一つの過程に過ぎなくなる。
もちろん、その時人生もまた人生でなくなる。
それは、生命体のなかのひとつの機能的過程にすぎず、
全体との関連がなければ、
いかなる意味ももたない存在となる。
なんだか、東洋的無常観を感じさせますね。
■西洋の科学は個人に絶対の存在価値を置いた。
個人を社会と切り離した。
個人の存在の価値、人生に意味を与えた結果
絶望して死ぬしかない。
死は即すべての終わりになるから。
—
ドラッカーは偉大だ。。。。ドラッカーは読むほどマジカルだ。このような「経営本のグル」は今後もほとんど現れないだろう。まあ、ジョブスでもゲイツでもバフェットでもこういうところはあるけど。ドラッカーがサルトルとかハイデガーとかデリダとかルイアルチュセールとか交流してたらなにかすさまじいことが起こっていそうだと想像するだけでどきどきする。