23rd
Taste You (via Thomas Hawk)
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「ぼくは栄誉が嫌いだ (I don’t like honors)」 by Richard Feynman (via batxg3)インタビュアー 「…それは、本当にノーベル賞に値するものだったのですか?」
ファインマン 「いや。ぼくは知らんよ。ぼくはノーベル賞の意義を知らんし、 なにがどういいのかも知らない。スウェーデン科学アカデミーの連中が、 X氏、Y氏、Z氏にノーベル賞を与えるという。お好きにどうぞ。 ぼくはノーベル賞などとは関係ない。あれは厄災みたいなもんだ。
ぼくは栄誉が嫌いだ。ぼくは自分の仕事の価値を理解しているし、 他の物理学者がこの結果を使っていることも知ってる。 それ以上のことは何も要らんよ。それ以上の意味というものをぼくは知らない。 それ以外は無駄なことだ。スウェーデン科学アカデミーの誰かが 『この仕事は高尚なのでノーベル賞に値する』とか決定しても、 ぼくはもう報奨をもらっているんだよ。ぼくがもらった報奨というのは、 何かを探求するという喜び、ゾクゾクするような発見、 そして他の人も使っているという事実だ。これらは現実のものだ。 栄誉は現実じゃない。ぼくは栄誉なんてものは信じない。 うんざりなんだ。栄誉はもうエエヨ! って感じなんだ。 栄誉なんか勲章とか、制服みたいなもんだ。 ちょうど父にそう育てられたように、ぼくはそんなのには耐えられないんだ。
高校にいたころ、ぼくが最初にもらった栄誉というのは、 “アラスタ”のメンバーになるということだった。 これはよい成績をとった生徒のグループでね、みんな“アラスタ”のメンバーになりたがった。 それで入ってみてわかったのは、ミーティングでみんなが座って話していたのは 「我々のこの素晴らしいグループに参加させるのは誰であるべきか?」 ということなんだ。オーケイ、つまりぼくらはここに座って、 次に誰を仲間に入れてもいいかとかいうことばっかり話し合ってるわけか。 そんなのごめんだよ。心理的に、あるいは他の理由があるのか知らないが、 とにかくこの日からぼくにとって栄誉というものは忌むべきものとなった。 全米科学アカデミーの会員になったときも、けっきょく辞めざるを得なかったよ。 なぜなら、この団体というのが、これまた 「次に会員になることを許されるべき輝かしい人物は誰であるか?」とかゆうことばっかり 議論してる団体だったからだ。で、さらに「われわれ物理学者は 団結しなければならない、なぜならあっちにいい化学者がいて、 あれが入ったら物理学者の入る空きがなくなる」とかいってる。 化学者の何が悪いっていうんだ! こんなのは全部、腐ってる、んだよ。 なぜならその目的がほとんど「誰に栄誉を与えるか」とかいうことばっかりだからだ。 だから栄誉は嫌いだ。」
(2009/2 (a))
yamadataro:keng001: Marc Lagrange (via keng001)
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